- ハイブリッドイベント(現地開催&ライブ配信)は死ぬほど大変
- オンライン配信は盛り上がらない (と錯覚する)
- でも実際のところ、参加者はライブ配信を求めている
- それでも僕らがイベントのライブ配信を続ける理由
- まとめ
TwitterXを見ていたら、とある技術系イベントがライブ配信を取りやめ、現地開催とアーカイブ配信のみにするとのことで、大変盛り上がっていた。賛否両論あるようだが、どちらかというと否定的な意見の方が多かった。
これについて、同じく技術カンファレンスや大規模ミートアップをハイブリッド開催している身としては、どちらの意見も痛いほどよく分かるので、自分の考えを纏めてみようと思う。
ハイブリッドイベント(現地開催&ライブ配信)は死ぬほど大変
自分はCloudNative DaysとPlatform Engineering Meetupという2つのイベントを主催している。CloudNative Daysは申し込み数が4桁、多いときで6トラック平行で開催する日本最大のクラウドネイティブ技術のカンファレンス。Platform Engineering Meetupは今年から始めたイベントだが、初回から申し込み数が500人を超えるという、かなりの大規模勉強会だ。
そのどちらも、現地開催とライブ配信両方を行うハイブリッドイベントの形式を取っている。
cloudnativedays.jp www.cnia.io
正直言って、運営側は相当しんどい。かかる負担について、ライブ配信のみのオンラインイベントを1とすると、現地開催のオフラインイベントだと4、ハイブリッドイベントだと8くらい労力がかかる。
オンラインイベントであれば、自室でもどこでもいいので環境が整った部屋を用意し、OBSなりStreamYardなりでオペレーションをすれば良い。スタッフ全員が自室に居ながらイベントを完遂することも可能だ。
それが現地開催になると、まず会場を抑えるところから始めなければいけない。規模が大きくなればなるほど、費用と労力がかかる。また、イベント当日も会場設営から受付の人員配置、誘導員の配置などたくさんの人を動かす必要がある。オンラインイベントに比べると数倍大変だ。
一方で、セッション自体はプロジェクターでスライドを映しつつ、会場の音響を使って参加者に声が届けばそれで済む。どのイベントでも共通してこの要件なので会場側にも知見があるし、依頼できるイベント会社もたくさんある。
ハイブリッドイベントが何故大変か
これがハイブリッドイベントだとどうなるか。オンラインの手間+現地開催の手間 の足し算で済むかと言えばそんなことはなく、感覚値で2倍くらい大変になる。
まず会場選びの難易度が上がる。物理的な広さだけでなく、回線の本数や品質が非常に重要になってくるし、どこにカメラや照明、オペレーション卓を設置するかも考えなければいけない。
登壇者のスライドだって、プロジェクターに出しつつキャプチャして配信しないといけない。プロジェクターをカメラで撮る形だと、とても読みづらいよね。
音響も、会場の設備を使って音声を流しつつ、それをクリアに配信にも載せないといけない。単に会場の音をマイクで拾えばいいってわけじゃないのだ。
先日CloudNative Days Fukuoka 2023というイベントを福岡で開催した。現地開催のみであれば会場の図面だけでほとんどの設計が可能なのだが、このようなライブ配信の要件があると、現地で直接確認しないとなにも分からない。なので、仕事の休みを取って現地に飛び、念入りにチェックする必要があった。もしこれで要件を満たさないことが分かったら、また別に下見をしないといけない。この時点で負担が大きいことが分かるだろう。
CloudNative Days Fukuoka 2023の会場下見をしています!
— Kazuto Kusama(jacopen)☄ (@jacopen) April 11, 2023
本番は8/3です。みなさん日程と宿抑えておいてね#CNDF2023 pic.twitter.com/hMz5z3tVk3
イベント当日も大変だ。これまで通り、現地で受付したり誘導したりする人員は必要だし、それに加えて音響や配信に関わるメンバーをトラックごとに配置する必要がある。CloudNative Days Fukuokaでは、配信周りもほとんど全てを実行委員会で設計し、運用した。
検証に検証を繰り返し、最新の機材も投入し、なるべく少人数で運用を回せるようにして、なんとかボランティアの実行委員内でやり遂げた。これを自力でやり遂げられるイベント運営は数少ないだろう。
そうでない場合は、外部の専門業者に依頼することになる。そうすれば運営側の負担を軽減しつつ配信を行えることになるが、当然それなりの人数と技術を要求する作業なので、費用はかなりかかってしまうことになる。様々な地域で開催する場合、都度地元の業者を探し当てて交渉しないといけない。
お金を払ってでも運用を任せるか、あるいは人手を割いて自分たちで頑張るか・・・いずれにせよ、超大変である。
自分が思いつきで始めたPlatform Engineering Meetupのほうは、基本的に1トラックのみなのでCloudNative Daysに比べると負担は少なかった。
それでも、配信をスムーズに行えるようにするため、35万円するRolandのVR-6HDを個人で購入することになったので、大変なのには変わりがなかった。
My new gear...
— Kazuto Kusama(jacopen)☄ (@jacopen) May 1, 2023
配信の秘密兵器がきた! pic.twitter.com/f1Y06iNhi7
結果として、個人で運用出来る範囲を早々に超えてしまったため、Platform Engineering Meetupを運用するための法人を作ったほどである。
オンライン配信は盛り上がらない (と錯覚する)
運営側視点に立つと、やっぱりイベントは現地会場が一番盛り上がる。イベントに対する反応も来場者の顔を見れば分かるし、参加者同士が談笑したり、熱く語っていたりする姿を見るのは、やはり良いものだ。
参加者からは「いいイベントをありがとう、また来ます!」と声を掛けられたりもする。主催者冥利に尽きる瞬間だ。
一方で、オンライン配信は盛り上がらない。。。いや、これは正確ではない。『盛り上がっているかどうか、良く分からない』というのが正直なところ。チャットやTwitterハッシュタグで書いてくれる人はいるが、それは参加者のほんの一部。参加者全体がどういう反応をしているのかは、よく分からないのだ。
これは良い悪いではなくて、単純にオンラインの限界なのだ。CloudNative Daysでも、なんとかオンラインイベントを盛り上げられる仕組みを試行錯誤したが、難しかった。カメラ映像と音声をリアルタイムでやり取り出来るZoom会議ですらリアル会議に比べると意思疎通に課題があるわけで、一方通行なライブ配信でオンライン側の反応を正確に把握することなんて、到底無理な話である。
実際にはオンライン側もすごく盛り上がっているかもしれない。視聴者の反応もすこぶる良いかもしれない。でも、どうしてもそれが伝わらないのだ。主催者側の感情としては、リアルな反応を得られる現地開催と、反応がよく分からないオンラインを比べたら、どうしても現地開催側に重点を置きたくなってしまうのは理解できる。
でも実際のところ、参加者はライブ配信を求めている
ここからは参加者側からの視点の話。
主催者側は現地開催を重要視する方向になりがちだが、実際のところ多くの参加者はライブ配信を求めているという現実がある。
たとえばPlatform Engineering Meetupは、登録者のうち現地参加が10%、オンラインが90%程度である。これは現地参加人数を意図的に絞っているところも大きいが。
CloudNative Daysは、2022年の東京開催以降はハイブリッド形態を取っているが、どの回もおおよそ現地参加が20%、オンラインが80%だ。現地会場に余裕があってものこの程度なので、実際のところ8割の参加者はオンライン参加を希望している。
オンラインで見たいのであれば、別にライブ配信じゃなくてもアーカイブ動画があればそれで良くない?と思うかもしれない。しかしこれも数字があり、アーカイブの視聴数は20%から30%程度であり、70%から80%はライブ配信の視聴数なのだ。アーカイブ視聴者数はロングテールで増えていくため、長い目でみれば徐々にアーカイブ視聴数の割合が増えていくだろうか、少なくとも短期的な視点では、多くの視聴者はオンラインのライブ配信を求めている と、数字からは判断ができる。
何故オンラインのライブ配信が好まれるのか
ここから先は数字による裏付けはなく、伝聞や推測の話になってくるのだが、さまざまな理由でライブ配信が希望されているようだ。
情報収集が主であり、コミュニケーションはそこまで必要ではない
イベントに参加慣れしている人からすると、「コミュニケーションこそが大事だよ、むしろ懇親会が本番」という人も居て、その考え方は間違っていないと思う。でも、必ずしも全員にそれが当てはまるかというとそうではない。知識を得るためにセッションを見ているんだという考え方も、当然正しい。
また、自分の主となる分野であればコミュニケーション取りたいが、専門以外の領域については情報を得られればそれでいいという人も多いだろう。コミュニケーションが必要かどうかは、時と場合によるのだ。
コミュニケーションを取りたい気持ちはあるが、まずはオンラインで雰囲気を見て現地参加するかどうかを決めたい
コミュニケーションが苦手というわけではないが、何も知らないコミュニティにいきなり飛び込むというのはなかなか勇気が必要だ。オンライン配信があれば、登壇者や司会者のノリでなんとなく雰囲気を掴むことができる。それをみて楽しそうだなと感じたら、次回以降は直接参加するというやり方を取れる。
他の地域に住んでいるので、距離の問題で参加できない
一番人口の多い東京で開催する場合でも、関東圏の人口は約4400万人であり、日本全体の半分以上は「物理的に遠い場所」での開催となってしまう。もちろんそれでも参加する人はするのだが、少数派だろう。ただ、異なる地域にいても配信があれば参加できるので、有り難い話だ
出来ることなら現地に行きたかったが、スケジュールや費用などの都合で断念
普段なら間違いなく現地に行く!という人でも、スケジュールの都合でどうしても参加できないというケースは多々ある。丸一日別の用事と被ってしまうというのであればスッパリ割り切ることもできるかもしれないが、会期中のたった1時間だけ、どうしても外せない大事なミーティングがあって泣く泣く断念・・・というケースの場合はなかなか割り切りづらい。TwitterXを見れば楽しそうな様子が伝わってくるが自分は体験することすらできない、アァ・・・。という。
ライブ配信があれば、100%ではなくてもいくらかは「イベントに参加している感」を得ることができる。
何故アーカイブ配信ではダメなのか
上記の理由に対して「アーカイブ配信があるから、それで良くない?」と思うかもしれない。確かに、1つめに挙げた「情報収集がしたいだけ」というニーズに対してはそれで応えられるかもしれない。
でも多くの場合、ライブ配信の需要はアーカイブ配信では救えないのである。
「イベントに参加する」という感覚は、他人と何かを共有することから生まれる。例えば現地参加であれば、時間と場所を共有できるので強い参加体験が生まれるのだ。ライブ配信の場合、場所の共有は曖昧になるが時間の共有は可能になる。100%ではなくても、イベントに参加した感は得られるのだ。
アーカイブ配信のみとなった時点で、そのコンテンツはudemyの動画を視聴するのと同義になってしまい、イベントに参加した感は綺麗さっぱり無くなってしまう。本当はイベントに参加したかったのに諸事情で断念せざるを得なかった人に対して「アーカイブ配信あるからいいでしょ」と伝えてしまうと、逆に強い疎外感を与えてしまう可能性すらある。
それでも僕らがイベントのライブ配信を続ける理由
ここまで書いてきた、主催者側と参加者側の考えのミスマッチが議論を呼んでいる理由ではないかと考えている。
冒頭にも書いたように、ハイブリッド配信は死ぬほど大変だし高コストだ。であれば現地に絞ってクオリティの高いイベントをやりたいという主催者の意向は尊重されるべきだし、その決断に対して非難の言葉を投げかけるのは止めた方が良い。
一方で、参加者としてライブ配信が無くなることに対して残念な気持ちになるというのは正しい反応だし、イベントとしての評判が下がってしまうことは避けられない。なんせ8割の需要を切り捨ててしまったわけで、そのデメリットを主催者は覚悟しなければいけない。
じゃあ自分がやっているイベントについてはどうするか。これに関しては、少なくとも自分が関わっている限りは、ハイブリッド配信を貫こうと考えている。
技術を普及させたいという想い
CloudNative Daysにしても、Platform Engineering Meetupにしても、どちらも比較的新しい、まだ十分に普及したとは言い難い技術やカテゴリを扱うイベントだ。これらを普及させるには、とにかく存在を知ってもらい、触ってもらい、メリットを理解してもらうことが重要だ。
特にそういった情報やイベントに触れる機会が少ない地方に対してイベントを届けていくことが大事だと考えていて、ライブ配信は絶対に無くしたくないというのが自分の考えだ。
関東圏以外でもイベントを開催することも重要だと考えていて、先ほど紹介したCloudNative Days Fukuokaもそうだし、Platform Engineering Meetupも名古屋と福岡で開催した。これまた難しい話なのだが、地方でイベントを開催すると「その地方のみを対象としたイベント」と捉えられがちだ。そうではなくて、地方で開催することによって直接参加できる機会を広げつつも、コンテンツの内容は全国向けでありたいなと思っている。そうなると、今度は人口の多い関東圏に向けてライブで配信するという観点が重要になってくる。
いずれにせよ、自分がやりたいイベントをやっていくには、ハイブリッド配信がキーというわけだ。
ハイブリッド時代に向けて培ってきたノウハウ
2020年、2021年はそもそも現地参加のイベントが開催できなかったのでオンライン配信のみにせざるを得なかった。しかしこの頃から「仮にコロナが明けたとしてもオンラインでイベント参加するという習慣は残り続けるだろうな」と考えており、配信技術やノウハウの蓄積を積極的にやってきた。
CloudNative Days実行委員会の配信担当メンバーを中心に組織しているイベント配信チーム EMTEC は、この界隈では屈指のノウハウを持っていると自負していて、地方開催であっても迅速にハイブリッド配信を行える体制を整えている。
数年掛けてこの体制を作ってきたので、ハイブリッド配信に強気でいられるというのも大きい。
ちなみに最近立ち上げた 一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会 では、コミュニティイベントの配信を支援するというのも活動内容の一つとして掲げている。いろいろな形でEMTECチームが支援できると思うので、もしハイブリッドイベントをやりたいというイベント主催者がいたら相談して欲しい。
まとめ
- ハイブリッドイベントは主催者にとって超絶負担が大きい
- ライブ配信やめる決断も尊重すべき
- とはいえ、今やライブ配信はマジョリティ
- 自分としてはライブ配信に積極的に取り組み、そのノウハウを広げていきたい
というのが今回言いたかったこと。ではでは