Cloud Penguins

Flying penguins in the cloud.

テックカンファレンスに参加する理由は「なんとなく」や「ただ楽しいから」で良い

こういう記事があった。

zenn.dev

自分は2019年から2023年までCloudNative Daysという国内最大のクラウドネイティブ技術カンファレンスのCo-chairを務めていたり、今年はPlatform Engineering Kaigi 2024というカンファレンスの代表をしている。最近ではカンファレンスやミートアップをやっていくための一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会を立ち上げたり、タダ飯おじさんと対決したりと、コミュニティ作りに対しては思い入れが強いほうだと自負している。

そんななかで目にしたのが冒頭の記事だ。 記事の大意としては「カンファレンスに参加するのであれば、目的意識を持った方が得られるものが多い」という話であり、それ自体は特に否定するものではない。ただし、その説明に使われている理由や、タイトルに使われている「なんとなく」や「ただ楽しいから」というモチベーションに対する疑義というのが、少なくとも主催者側の想いとは異なっているのではないかなと感じた。

結論から言うと、カンファレンスに参加する目的は「なんとなく」や「ただ楽しいから」で良いし、一分一秒を無駄にしないという考え方も不要。気軽に参加するべきだ。

全ては「なんとなく」から始まる

自分が初めて技術カンファレンスに参加したのは15年くらい前。RubyKaigi2009だったと思うが、当時まだ駆け出しのエンジニアだった自分は、話されている内容の2割か3割程度しか理解出来なかったと思う。それでも、日本中からたくさんのエンジニアが集まって一つの技術カテゴリについて熱く語っている様子に圧倒された記憶がある。

はじめてカンファレンスに参加する人の多くは「なんとなく興味があるから」で参加し、そして圧倒されて帰っていく。でも、それがいいのだ。

はじめからしっかりとした目的意識を持てる人なんてほとんど居ない。目的意識というものは、あらかじめ対象カテゴリに対して体系的に理解出来る素地があり、それを自分事に変換して捉えられるだけの経験があってはじめて生まれるものだ。 そもそも技術カンファレンスは、その体系的な知識や他者の生きた経験を学べる場なのだから、参加する前は目的意識がなくて当然なのだ。

まずは「なんとなく」で全然OK。気軽に飛び込んできて欲しい。むしろカンファレンス主催者としてはそういう人こそウェルカム。

そして雰囲気に圧倒されるといい。そうすると「なんとなく」自分の課題感や短期的に目指すべきところが見えてくる。とはいえ1回や2回参加しただけではまだ輪郭がぼやけているかもしれないが、気にしなくて良い。それはそういうものだ。なんとなくの参加を繰り返していくと、だんだんハッキリとしてくる。

元記事でも紹介されているこちらの記事が興味深いが、個人的にはこの自分事に変換して捉える能力というのは、意識よりもシンプルに「場数」だと考えている。より効率を上げるための「工夫」はあるが、何よりもまずは場数が大事。

soudai.hatenablog.com

場数を増やすにもっとも効くモチベーションは「楽しいから」という感覚だ。カンファレンスに参加して「楽しい」と思える能力は、ただそれだけで価値がある。楽しいと感じたのであれば、あとは細かなことは気にせず、その感覚を忘れずに繰り返していくことをお勧めしたい。

コスパ、タイパでは測りづらい「社会資本」という考え方

カンファレンスに参加することで得られるものは技術知識だけではない。人とのネットワークといった「社会資本」も、得られるものとして重要だ。

ネットワークとか社会資本って言うとお堅い感じがして嫌だなと思うのであれば、「気が合う仲間づくり」くらいに考えて差し支えない。そこで得られた仲間は、数年、数十年、もしかすると一生において大切なものになるかもしれない。

じゃあこういった仲間が1回カンファレンスに参加するだけで出来るかというと、それは難しい。世の中には一発で友達作れちゃうコミュ強も存在するが、多くの人はそうじゃない。2回参加すると「あの人前も居た気がするな」となり、3,4回目になると「ちょっと声かけてみようかな」となってはじめてコミュニケーションが取れるようになる。

なので、カンファレンス主催者はそのあたりも考慮して場を設計する。まずはソロでも楽しめるコンテンツ作りをして、次も来て貰えるようにする。次に、ネットワーキングのための懇親会を用意して話せるようにしたり、ランダムにグループを組ませて交流を作るワークショップを用意したりと、あらゆる工夫をこなすのだ。

そのためには、とにかくハードルを下げまくって、いろんな人に来て欲しいと思っている。「なんとなく」の参加大歓迎。「ただ楽しいから」のリピーター大歓迎。そういった人たちを繋げて、モチベートして、お互いに成長してもらう。それが主催としての醍醐味だ。

そもそも、こういうコミュニケーションをコスパやタイパで測ることは難しい。信頼関係の醸成というのは、単に時間やお金だけの問題ではないからだ。

ビジネスの場における信頼関係の醸成のために、よくゴルフや会食などが用いられる。日本に限らず世界中で活用されている手法で非常に効果があるものだが、じゃあそこにゴルフ1ラウンドあたりのコストパフォーマンスが・・・なんて考える人はいない。そうではなく、普段の活動含めて全体的な取り組みとして信頼関係を築いて、最終的にはお互いにプラスになっていくのである。

なので、カンファレンスに参加するのに1分1秒も無駄にしないといった考え方は、ややToo Muchなのではないか。カンファレンス参加や普段の情報発信を含めて、トータルでプラスになっていればそれでいいという、軽い考えのほうがよい。

友達づきあいでも、SNSでも、合コンでもそうだが、人が関わる場でコスパ・タイパを重視しすぎるのは疲れのもと。ガツガツいくと、かえって上手くいかないものだ。

上でも述べたように、人付き合いでも知識の吸収でも、大事なのは「場数」。そのためには、疲れを減らして長く継続するサステナビリティが重要だ。そういう観点でも、「なんとなく」「楽しいから」程度のゆるい参加で良いと思うのだ。

そもそも主催はコスパ・タイパ最悪。だが、それがいい

実はこの記事は、大阪に向かう新幹線の中で書いている。Platform Engineering Meetupを大阪で開催するために、30kg近い配信機材を転がしながら新幹線乗り込んだのだ。

platformengineering.connpass.com

なんとか仕事に都合をつけて、数時間という移動時間を費やして、無料のミートアップの開催のために遠征をしている。コスパ・タイパでいうと最悪だ。というかマイナスだし。

じゃあ何故そこまでして主催をするのか。もちろんPlatform Engineeringという考え方を広めていきたいという想いはある。でも、それだけではない、マグマのようなこの突き動かされるようなモチベーションはどこから来ているかというと、これまた「なんとなく」であり「楽しいから」だ。

正直なんで地方でやるの?と言われたとき、合理的な説明はできない。「でもなんか、知らない土地でやるのも楽しいじゃん?」「たこ焼き、お好み焼き食べたいじゃん?」本気でこんなもんである。

東京でのカンファレンス開催も一緒。ものすごく多くの時間を費やしているし、地味な事務作業だってやらないといけないし、イベントに関係ないモメ事にも対処しないといけない。実行委員同士の関係性が悪くなったりだとか、ごく稀ではあるが痴情のもつれが起きたりもする。だって人間だもの、仕方が無い。でも、そういうのにもちゃんと対処しないと、良いイベントはできない。

このコスパ・タイパ最悪な取り組みを、何年にもわたって続けられるモチベーション。それは全て「なんとなく」であり「楽しいから」。

ただまあ、この十数年を振り返って、トータルで見たときに自分が損をしているかというと全くそうは思わない。大きなイベントをやってきた経験、人を楽しませる企画をした経験、人を率いた経験、人から向けられる評価というのは、今の自分において圧倒的な強みとなっているし、心のそこからやって良かったと思っている。

個々の取り組みのコスパを考え始めると、おそらくこれは続られなかっただろうと思う。また、偉大な先人たちが開催してくれたイベントに参加できたからこそ、ここに至れたのだ。

こういった経験があるからこそ、イベントに参加する人には「なんとなく」であり「楽しいから」だけでいいから来て欲しいなって思う。

ということで、ちょうど大阪についたので今回はこの辺で。

追記

あ、ひとつ大事なことを忘れていた。

軽い感じでカンファレンスに来てほしいけど、セッション中に寝たりとかスマホゲーするのは駄目です。それは単純に登壇者に対する無礼なので。

眠たければどこか他の場所で仮眠するか、家に帰って寝よう。

ゲームは家でやろう。

2023年のふりかえり。Platform Engineeringから法人設立から転職まで

12月に入った頃から、今年は盛りだくさんな1年だったしちゃんと振り返らないとな、と意識はしていた。でも意識しているだけではやはり何も進まないもので、結局大晦日になってしまった。

さすがにこのまま年を越してしまうと、今後一生2023年を振り返ることはないだろうと思うので、急いで書き始めたのがこのエントリーだ。

全体を通じて

1983年生まれの自分は今年で40歳になった。誕生日のときに書いたエントリーでは「手を広げていたらキリがないから活動を収束させていかないとなぁ」的なことを書いたのだが、その後半年でどうなったかというと収束するどころかさらに広がってしまっていよいよ手が回らなくなってしまった。来年こそはやること絞る。絞らないと死ぬ。

登壇

今年はとにかく色々喋ったしいろいろ書いたなという1年だった。

パブリックイベントでの登壇: 10回 プライベート(非公開)な登壇: 5回 メディアでの記事執筆: 5本

登壇回数や聴講者数、書いた文字数でいうと過去一番だったと思う。もちろん準備にかかる時間も。

大変ではあったけど、その分得られたものも多かった。

ピザ職人見習いはじめた

以前から買いたいなと思っていたピザ窯。都内某所にピザ窯を設置するのに最適な場所を発見してしまい、そこに導入したのがENROのピザ窯。

enro.jp

自分で生地から作ったピザを、薪で350度まで加熱した窯で一気に焼く。これが最高に良い体験で、今年買って良かったモノNo1だった。

結局気に入りすぎて、自宅用にガスタイプの窯を買ったほどである。

ピザ作りもなかなか奥が深く、イーストの種類で生地の伸びも食感も大きく違うし、もちろん粉や水でも変わってくる。理想のピザ生地を目指して生地をこね続ける日々だ。もしITで食っていけなくなったらピザ職人で生きていこうか。

Platform Engineering Meetup

充実した1年になったなぁというのはやはりこのイベントの存在がでかい。

platformengineering.connpass.com

40歳になりました記事の方でも書いたが、Platform Engineeringで説かれている内容は、自分が過去10年間取り組んできたものとほぼイコールだ。人生の1/4を捧げてきたものが世の中の脚光を浴び始めたとしたら、そりゃ本気で波にのっかるしかないよね。

今年は3月に第1回を開催した後、12月までに6回のミートアップを開催した。ほぼ2ヶ月に1回ペース。Connpass登録者も2000人を超え、かなりの人気勉強会になったと言って良いだろう。来年も継続して開催していくほか、夏にはカンファレンスも予定しているので引き続き忙しくなりそうだ

一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会

Platform Engineering Meetupが思っていたより数倍大きなイベントとなったので、これは早々に体制を作っていかなければいけないと思い作ったのが一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会である。法人としてイベントの下支えを行っていくほか、クラウドネイティブ技術の普及の為に人材育成やハイブリッド開催の支援などを行っていく。

www.cnia.io

CloudNative Days Fukuoka 2023

4年ぶりの開催となったのがCNDF2023だ。チェアはudzuraさんtransnanoさんにお任せしていたため、自分は一スタッフとしての参加となった。

地方開催を復活させたいというのはここ数年CNDのチェアを担う中でずっと思っていたことだった。クラウドネイティブ技術が必要とされるのは東京の企業に限った話ではない。クラウドネイティブ思考という考えに立てば、ありとあらゆる企業にとって有用なものだ。であれば、イベントも東京でやっているだけではだめだ。

atmarkit.itmedia.co.jp

であれば、活気に溢れ次の世代を引っ張ってくれそうな土地でまずは復活イベントをやるのがよいだろう。そこで選んだのが、福岡だった。

イベントは想定通りの盛り上がりを見せ、今後の地方開催にも弾みがつきそうな内容となってとてもよかった。

転職

正直今年の夏頃までは転職することになるだろうなんて全く思って無かったわけだが・・・退職ブログにも書いたように、HashiCorpとしても大きな動きがあったほか、エントリーには書いていないアレコレも色々あったのだ。

このままHashiCorpで仕事し続けて良いのかどうか迷っていたタイミングでやってきたのが、PagerDutyのProduct Evangelist職の募集だった。PagerDutyは以前より注目していた会社だったし、自分の今後の方向性としてEvangelistというポジションもひとつ面白いんじゃないかと。そう思い応募してみたところ、最終的に無事オファーを頂けたという流れだった。

入社して1ヶ月半が過ぎ、そろそろプロダクトも組織の状態も色々見えてきたところだ。来年からはPagerDutyや、それに関連するインシデント管理周りで登壇したり情報発信することが増えてくるだろうと思う。

CloudNative Days Tokyo 2023

一スタッフとして参加したのがCloudNative Days Tokyo 2023だ・・・と言いたかったところだが、自分がCo-chairを退任する話を中途半端に終わらせていたり引継ぎも曖昧なままだったので、やるなら最後までやり切ってほしいとお願いされて今回もCo-Chairとしての立場で参加することとなった。

今回のイベントでは現地参加者数が去年より2倍以上増えるなど、世の中の変化を感じられる内容となった。増えた現地参加者に増えたスタッフ、より成長し高度になるクラウドネイティブ技術ということで、2019年依頼の盛り上がりになったように思う。

クロージングではChairのバトンを@taisuke_bigbaby に引継ぎ、5年に渡る自分のCNDTチェアとしての仕事は終了となった。来年以降はまた一スタッフとして運営を支える形になると思う。

その他

正直いろいろありすぎて忘れているものも多いのだが、総じて良い年だったなと思う。今年が前厄で来年が本厄?らしいが、あまり厄感はないまま追えることができた。来年も今年以上にいい年になると良いな。

ボランティアメンバーで大規模カンファレンスの高度なハイブリッド配信を行うためにやったこと

技術カンファレンス Advent Calendar 2023の7日目!

今回は、大規模な技術カンファレンスでボランティアスタッフの力でハイブリッドイベントを行えるようになった、これまでの過程を書いてみたいと思う。

ハイブリッドイベントを続ける理由

以前、ハイブリッドイベントを続ける理由についてのエントリーを書いた。そこそこ反響があり、関心の高さを感じた。

jaco.udcp.info

このエントリーでもしたためたように、自分が関与しているイベントではハイブリッド配信に並々ならぬ力を注いでいる。きっかけはコロナ禍でオンライン配信を余儀なくされたことだが、それによってもたらされた正の面として、住んでいる地域や自身の都合によらず、様々な場所から自由にイベントに参加できるようになった。ほぼ制限なく、以前のようにIn-personのイベントに参加できるようになった現在だが、全てを巻き戻してしまって良い面までなくなってしまうのは勿体ない。 オンサイトとオンライン、両方のいいとこ取りをするのがこれからのスタンダードであると強く信じている。

どうやってハイブリッド配信できるようになったか

とはいえ、ハイブリッドの開催は相当に大変だ。

何故大変か知りたい人は是非とも前述のエントリーを読んでいただきたいが、今回は自分が関わっているCloudNative Daysがどうやってこの大変な取り組みをやれるようになったのか、その経緯と取り組みについて紹介したい。

つまり、このエントリーを読み終わると、明日からあなたのイベントも簡単にハイブリッド配信できるノウハウが手に入r





そんなものはない (画像略





正直明日からいきなりハイブリッドを自力でやろうっていうのは難易度が高すぎる。我々も色々挑戦し、なんとか省力化できないか試みたものの、これさえやれば完璧という答えにはたどり着いていない。なので、今回は明日から実践できるノウハウではなく、「どういう背景のもとでこうなったのか」という点について解説したい。

また、ハイブリッドのうちオンサイト参加側のオペレーションについてはあえて省いている。残り半分のオンライン配信向けの試行錯誤についてのみ解説している点にご留意いただきたい。

CloudNative Days Tokyo 2020 - 業者任せの配信

まず2020年。CNDT2020では、自分たちもオンライン配信に挑戦してはいたものの、6トラックに渡る大規模カンファレンスをやり切るほどの力や知識はなかった。そこで、専門業者にお願いして開催することになった。その分実行委員に時間の余裕があったので、それそれで良かったのだが。 配信会場の様子をコンテンツにした動画が以下。

www.youtube.com

専門業者に依頼しただけあってイベントも無事終えることができたのだが、どうしても自分たちのコントロール出来ない領域が多くなるのが気がかりだった。たとえば突発的な企画もできないし、ちょっとした遊び要素をいれるのも難しかった。自分たちのイベントなのに、自分たちではなにも出来ないというもどかしさを感じるものになった。

CloudNative Days Online 2021 Spring - 自前配信初挑戦

そして開催したのがCNDO2021。これは「どうせコロナ禍なら、今しか出来ないイベントをやろう」と考えて開催したカンファレンスだ。コンセプトは「誰もが登壇できるカンファレンス」。CFPはなく、応募したら全員が登壇出来る形にしてみたのだ。登壇時間も5分から40分の間で自由に選ぶことができる。

今考えるとよくやったなこんな企画。タイムテーブルも、時間スロットみたいなのはなく完全にバラバラのタイミングでセッションが始まったり終わったりする。しかも7トラック平行。

こんなトンチキな企画を受け入れてくれる専門業者はあるはずもなかった。予算の制限もあり、であれば自分たちで配信まで含めてやり切るしかない。こうして発足したのが、CloudNative Daysのbroadcastチーム ”EMTEC" だ。 現在もリーダーを務める @kameneko が中心になって仕組み作りをしていった。

”Cloud Native” を冠する以上、クラウドの力とソフトウェアで仕組みを作り上げたい。そう考え、AWS上にGPU付きインスタンスをトラック数分ならべ、そこに対して遠隔地から複数人でVNCやWebSocketでOBSをコントロールしてVimeoに配信する。そういう仕組みを作り上げて、イベントを完遂した。

CI/CD Conference 2021 - 安定したオンラインイベント

次に開催したのがこのイベント。確か4トラック平行だったかな? この会は登壇・視聴ともにオンラインのみの純粋オンラインイベントだったので、StreamYardを使って配信をやりきった。当時はそれほどユーザーが多くなかったように思うが、今となってはスタンダードな仕組みだ。特段のトラブルもなく、実に平和にイベントを終わらせることができた。ちょっと物足りなかったけど

CloudNative Days Tokyo 2021 / Observability Conference 2022 - 挑戦と挫折

だいぶ配信技術について知識がついてきた我々が次に挑戦したのが、NDIだ。Network Device Interfaceという、ネットワークを経由して映像と音声を伝送できる技術である。普段から業務でインフラに触れるメンバーが多い我々からすると、伝送距離の稼げないHDMIや機器が高額になりやすいSDIに比べて、汎用的なEthernetで環境が組めるNDIはとても魅力的に映った。

CloudNative Days Tokyo 2021では、都内の某スタジオをレンタルし、登壇者はスタジオかリモートかで登壇出来るようにした。6部屋借りた登壇部屋からNDIで転送されてくる映像を中央のコントロールルームから打ち上げるという構成を組んだのだ。

rental.pandastudio.tv

しかしこれは大失敗に終わった。肝心のNDIが異常なほど不安定となり、映像がブツブツ切れるわ音声との同期が激しくズレるわで、イベントが成り立たないほどの荒れ具合となってしまった。

結果としてスタジオに頭をさげてSDIの機器をかき集めていただき、NDIの部分をすべてSDIに置き換えることでなんとかイベントを完遂させることができた。

続くObservability Conference 2022でもNDIに再挑戦したがやはり不安定さが発生してしまい、予め用意していた光HDMIのバックアップ経路を利用することでリカバリーをした。

インフラエンジニアが使い慣れているEthernetで完璧なプロダクション環境を組むという夢は実現できないまま終わったのである。

このままだとNDIが悪いように聞こえてしまうが、悪いのは我々の知識不足だ。今思うと、トラフィック量がまともに見積もれていなかったのだ。Catalystのスイッチを2台置いて捌いていたのだが、今改めて計算するとそりゃー無理だよというくらいの雑な設計だった。

あとNetgearがNDIに向けたスイッチを出しているので、こういうものの導入も考えたほうが良い。

10917_NDI | NETGEAR

CloudNative Security Conference 2022 / CloudNative Days Tokyo 2022 - Remote Production 2.0

NDIで大失敗をした我々は、改めてアーキテクチャを見直した。かつて取り組んだRemote Productionの仕組みをより洗練させ、安定性と省力化を図ることにした。

さくらのクラウド上に、GPUを積んだ高火力インスタンスを作成しそこにOBSを設置。WebSocket経由で操作するかつての仕組みを復活させた。また、Internet-facingな場所にNginx-rtmp拡張を入れたingestサーバーを作成した。 現地登壇の場合は現地から映像と音声をRTMPで打ち上げ。リモート登壇の場合はStreamYardからRTMPで打ち上げることによって、リモートであっても現地であっても同じようなオペレーションでスイッチングを行えるようにしたのだ。

ユーザーへの配信はAWSのIVSやElemental Media Live, Media Packageを利用。これらの環境の構成はTerraformからほぼ全自動で行えるようにし、IVS/Elemental Mediaの操作はAPIで行えるようにした。

WebSocket経由のOBSコントロールも cndctl というCLIを作成して、コマンドラインで行えるようにした。

後にはNginx-rtmpの代わりにSRSを投入するなど細かなブラッシュアップも行い、トラック数に依存しないスケーラブルな仕組みを構築することができた。

こうして、クラウドネイティブ技術を活用したスケーラブルな配信構成が完成したのである。 ・・・とはならなかった

実際のところは、オペレーションをしてから視聴者に届くまでに30秒から50秒ほどの遅延が発生したことによりオペレーションが非常に困難になったり、エンコーダーの種類によっては大幅な音声の遅れが発生する(NVENCだと死ぬけどQuick Sync VideoだとOKみたいな)など、H264の深いところまで理解していないと解決出来なさそうなトラブルが多発。直前の徹夜に近いワークアラウンドの模索でなんとかイベントは開催できたものの、一部の登壇者のアーカイブ公開が遅れるなどの影響が出た。そして何よりも疲れた

CI/CD Conference 2023 / CloudNative Days Fukuoka 2023 / CloudNative Days Tokyo 2023 - 結局は物理

2年間、クラウド技術とソフトウェア、ネットワークの知識を駆使して低コストでスケーラブルな配信環境を目指した我々。2023年現在ではどうなったかというと・・・

めちゃくちゃ物理。

いろんな技術を試して、いろんな構成を試みて、いろんなオペレーションを実施した結果、結局のところ最も安定して質の良い配信ができるのは、出来る限り物理機材に構成を寄せることだという考えに落ち着いてしまった。

「やっぱりなんだかんだで物理が最強だよ」 

配信を始めて以降、たくさんの人の仕事を見てきたが、こういう意見を持つプロが多かった。だが、オンプレのサーバーがクラウドになり、フィーチャーフォンがスマホになり、ソフトウェアの力によって大きく価値が変化する様を目の当たりにしてきた自分たちからは、「本当にそうなのか? 過去の慣習に囚われているだけなのでは?」 との気持ちが拭えず、自分たちならばソフトウェアでどうにか出来るんじゃないかと思っていたこの2年。

自分たちで手を動かした結果「少なくとも2023年現在においては物理機材が最強」という結論に至った。

もちろんソフトウェアのほうが柔軟性が高かったり、ケーブルを減らしシンプルな構成が可能だったりというメリットはある。しかし、最も重要視すべき安定性や質という観点では、どうやっても物理機材を超えることはできない。

また、思ったよりもハードウェアが着実に進化しているという点も、自分たちが考えを変える一因となった。

最近のCloudNative Daysは、ローランドのVR-6HDというビデオスイッチャーをコアに据えているのだが、これは今年出たばかりの機材だ。1台でビデオスイッチャーにも、オーディオミキサーにも、エンコーダーにもなる全部入り機器で、ほぼこれ1台で完結してしまう。

proav.roland.com

決して安い機材ではないのだが、これによりもたらされる効果は絶大。個人で購入し、CloudNative DaysだけでなくPlatform Engineering Meetupでもこれを使った構成を組むようになった。

なので、当面はこの機材を中心としたイベント設計を行っていくつもりだ。

クラウドの活用やソフトウェアでの運用も諦めたわけではない。たとえば、VR-6HDのコントロールはBitfocus CompanionのVR-6HD向けプラグインを自分たちで用意し、StreamDeckのボタンでスイッチングを行えるようにしたり、OBSの操作と同時に自動化して現地配信から幕間動画への切り替えをスムーズに、ワンボタンで行えるようにしたりしている。

幕間動画も、これまではAfterEffectsでトラック数分作成していたが今回からはReactで作られたWebアプリを作成し、それをOBSのブラウザソースで読み込むことで幕間動画として機能するような仕組みも開発した。

それ以外の補助システムも、AWS、さくらのクラウド、NextCloud、HashiCorp Vault、Tailscaleなどを活用して自動化、効率化を図っている。

ブラッシュアップできる余地はたくさん残されており、今後も積極的に改善していく予定だ。

どういう人たちがやっているのか

CNDO2021で初めて配信を行った時、チームメンバーは仕組みを作るコアメンバーは3人だった。本番はスイッチングを行うボランティアをトラック数分募るという形だった。

その後しばらくは3人から4人のコアメンバーという状態が続いたが、CNDT2022ごろから徐々に増え始め、現在は10人を超えるチームになっている。

リーダーの@kamenekoや、ライブ配信に関する情報を積極的に発信されている松井さん、学生時代にCNDOのスイッチングボランティアとして参加してそのままコアメンバーになったGakuくん、クリエイティブ能力が高く、お絵かきからデザインまで出来るTanayan、CNDだけでなくSRE NEXTやPFEMなどさまざまなカンファレンスで活躍しているBuzzさん、自鯖系YouTuberでもあるうんちゃま。実務能力最強tsukamanや本番の作業に無類のパワーを発揮してくれるcapsmalt、革新的な幕間システムのベースを作り上げてくれたKawamuraさん、今回からジョインしてくれたShuzoNさん。 あとは何でも手を出しすぎて首が回らなくなってきている自分。

稼働のかけ具合は人によって異なるものの、とてもスキルが高くバラエティ豊かなチームになってきていると感じる。

今後どうしたいか

今後は、自分たちが得たノウハウを積極的に外部に提供して、配信を担える人材を増やしていきたい。

おなじく技術系カンファレンスの配信に力を注がれていて、密かに尊敬していた東雲さんMaryさんと話したときも同じ課題感を持たれていたが、需要に対して如何せんやれる人材が不足している。

どうしても機材のコストや知識面で最初のハードルが高い。ハードルが高いのでなかなか人が増えないという状況だ。最初のハードルを越えるには、たとえば我々EMTECチームに勉強がてら参加してもらうとか、EMTECチームが他のイベントの配信を後方支援してスキルトランスファーするなどして、仕組みに触れることのできる機会を提供していく必要があるのではないかと考えている。

今年設立した、一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会 (※EMTECチームの資金的な下支えもしている) の活動としてもハイブリッドイベントの支援を考えており、様々な形で協力が出来るのではないかと考えている。

もしイベントの配信に興味がある、あるいはハイブリッドイベントをやりたいが敷居が高く困っているという方がいれば、ご相談いただきたい。

2023年のPlatform Engineeringを振り返る

Platform Engineering Advent Calendarの1日目! 今日は、この1年のPlatform Engineeringについて振り返る会。

ちなみにAdventCalendar、まだスカスカなのでネタがある方は是非参加を! qiita.com

Platform Engineering Meetup

まずは日本国内の動向ということで、Platform Engineering Meetupの話から。

3月から始めたこのミートアップも、来週で第6回目になる。ここまで高頻度に開催することになるとは思っていなかったのだけど、それだけ需要が多くて驚き。

第1回

記念すべき第1回。場所はAPコミュニケーションズのオフィス。初回から参加者が550人とものすごい規模のミートアップに。

platformengineering.connpass.com

このイベントはPublickeyや@ITでも記事として取り上げていただいた。

「Platform Engineeringへの招待」、開発者の生産性を高めるプラットフォームを作り、運営していくための考え方とは(前編)。Platform Engineering Meetup #1 - Publickey

「Platform Engineering」は何を解決するのか? 誰が何をするものなのか?:サイバーエージェントのグループインフラ部門はパブリッククラウドとの戦いに - @IT

第2回

第2回はさくらインターネットのオフィスで開催。

platformengineering.connpass.com

参加登録者数は驚きの700人超え。この段階でConnpassの登録者数は1000人を超えていた。

第3回

プラットフォームが必要なのは東京の会社だけじゃない!との想いから、他の地域でも開催することを目指した。

第3回は名古屋。株式会社スタメンのオフィスをお借りして開催。

platformengineering.connpass.com

第4回

第4回は福岡で開催。CNDF2023との共催という形をとった。

platformengineering.connpass.com

第5回

第5回は東京に戻り、VMwareのオフィスを借りて開催。会場参加が100人を超え、懇親会も大賑わいだった。

platformengineering.connpass.com

第6回

2023年最後の開催は、docomo R&D OPEN LAB ODAIBAをお借りして開催する予定だ。

platformengineering.connpass.com

もともとは自分一人で始めたミートアップだったが、初回の申込者数の勢いをみて早々に一人での運用は無理だと悟った。そこで、Twitterで運営メンバーを募集したところ、たくさんの方から協力したいとの連絡をいただき、そこからチームとしての運営がスタートした。あのとき手伝ってくれる人がいなければここまでのミートアップにはならなかったと思うので、本当に感謝しかない。

一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会の発足

また、 それでも僕らがイベントのライブ配信を続ける理由 - Cloud Penguins にも書いたが、アフターコロナの時代ではハイブリッドでのイベント開催が本当に重要だと思っている。しかし、この規模のミートアップを任意団体でハイブリッド開催するのは、金銭的な面での困難に直面するだろうと考えた。

そこで設立したのが、一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会だ。

www.cnia.io

Platform Engineering Meetupの開催のほか、コミュニティの支援やセミナーなどを行っていきたいと考えている。近々大きな取り組みについて発表する予定だ。

Platform Engineering全体の動向

世界的にもPlatform Engineeringが一気に盛り上がったなと感じる1年だった。

2022年のGartner 先進テクノロジのハイプサイクルにPlatform Engineeringが登場したことが、日本における注目度の向上に影響を及ぼした。じゃあ2023年はどうなったかというと、Platform Engineeringの表現の代わりにInternal Developer Portalが入っていた。

www.gartner.com

また、11月に発表された2024年の先端テクノロジートップ10の中にもPlatform Engineeringが登場。AIネタで過半数が占められる中、かなり目立つ形で取り上げられることになった。

www.gartner.co.jp

PlatformCon 2023

6月にはPlatformCon 2023が開催。

platformcon.com

とんでもないセッション数で全部見るのは大変なので、Platform Engineering Meetup第3回の亀崎さん、tanayanさんのrecapを参考にするのが良い

www.youtube.com

CNCF

Platform Engineeringの定義はplatformengineering.orgのものだったりgartnerのものだったりと定まらないのが現状だが、今年に入ってCNCFから2本のホワイトペーパーが発行された。今後は、これら2本の定義を中心に語っていくのが良いと思う。

Platforms White paper

tag-app-delivery.cncf.io

Platform Engineering Maturity Model

tag-app-delivery.cncf.io

大手クラウドベンダーにおけるPlatform Engineering

大きな流れになっていることもあって、各ベンダーが新機能やブログで流れに乗ろうとしている。

cloud.google.com

learn.microsoft.com

docs.aws.amazon.com

最近出たAzure Deployment Environmentsも、これはかなりPlatform Engineeringを意識してるなぁというサービス。

learn.microsoft.com

名前が紛らわしすぎてググラビリティの低いRadiusも、プラットフォームに適度な抽象化を与えうる存在として注目している。

azure.microsoft.com

2024年はどうなる?

っていう話を、12/20にする予定なので興味のある人は是非参加してみてほしい

forkwell.connpass.com

PagerDutyにProduct Evangelistとして入社しました

インシデント対応プラットフォームとして知られるPagerDutyに、Product Evangelistとして入社した。

www.pagerduty.co.jp

▲マスコットのペイジーくん

Evangelistを仕事にするよ

コミュニティ活動で知り合った人からは、「お、ついに本職になるんだね」と、あまり違和感なく受け入れられるんじゃないかなと思っている。むしろ、「今まではDevRelじゃなかったのか」とまで思われるかもしれない。そう、これまではPre-sales Engineerだったし、それより前はProfessional Serviceだったので本業におけるコミュニティ活動はあくまでもボランティアだったのだ。

逆に、自分と付き合いが長い人からすると「え、DevRel? おまえDevRelにはならないって言ってなかったっけ?」と驚かれるんじゃないかと思う。そう、自分はDevRelにはならねぇ!と公言していた時期もあったのだ。

テクノロジーを人に伝えるということ

なんだかんだで社会人生活も長くなってしまったのだが、十数年やってきて自分自身が何に対して情熱を注げるかというのが分かってきた。結局のところ、自分は「テクノロジーが大好き」であり、「よいテクノロジーがあるのならば、是非それを人に紹介して、その人が幸せになってほしい」というのがモチベーションの根源なんだなと。

そのモチベーションを仕事につなげる方法は複数のアプローチがある。

Professional Serviceのときは、テクノロジーを導入してくれたお客さんにガッツリと入り込んで、単にプロダクトを入れるだけではなくそれを使うチームから育てていくことで、価値を最大限に生かせるようにするという仕事をしていた。自分が分かりやすく伝えれば伝えるほどお客さんの理解も高まり、テクノロジーを生かす敷居が低くなり価値が生まれやすくなる。 自分はそういう技術を伝えるプレゼンが得意だと自負しているのだが、それはこのあたりの経験が生きている。この仕事は今でも自分にマッチした天職だと思っている。

前職ではPre-sales engineerだったが、これもまた違ったテクノロジーを伝える仕事のひとつだ。プロダクトを正しく、かつ魅力的に伝えないとそもそも買ってもらえない。最終的には買ってもらうというのが自分の評価になるのだが、それを成し遂げるためには、まずはプロダクトを語る。それも、単に機能を説明するだけでなくてそれが組織にどのような効果をもたらすのか。直接的なものから間接的なものまで、幅広くアピールするのが重要だ。

これも自分のスキルが生かせる仕事であり楽しかったのだが、最終的な評価は どれだけお客さんが幸せになったか ではなく どれだけ売り上げに貢献したか で下される。どれだけお客さんがプロダクトによって幸せになったかは副次的なものであり、そこにジレンマを感じることもあった。

じゃあEvangelistはどうかというと、 どれだけテクノロジーを伝えたか=自分の評価 となるポジションなので、その点においてはうってつけのポジションだといえる。

じゃあなぜDevRelにはならないと公言していたのか

シンプルな話、 かつてDevRel関連で嫌な思いをしたから の1点に尽きる。結構前の話なので掘り返しはしないのだけど、ユーザーへのリスペクトが欠ける対応をされたので、ああいうのはちょっとなぁ・・・となってDevRelを敬遠するようになったのだった。

ただ、それから数年。CloudNative DaysやPaaSJP、Platform Engineering Meetupなどのイベントを自分で主催し、さまざまなDevRel職の方と接する機会が増えてきた。結果として、「あのときはどうも例外に当たっただけで、ほとんどのDevRelの方は真剣にユーザーと向き合っている」ということが分かってきた。

最近ではかわまたさんを中心にDevRel Guildというコミュニティが発足し、活発な情報交換がなされている。

自分も本業の傍ら技術広報的な役割を担うことも増えていたことから、じゃあこれをメインの仕事にしてもいいんじゃないか?と思い始めたタイミングで今回の採用の話が転がりこんできたという流れだ。

入ってみてどうだったか

まだ2日しか経っていないので、プロダクトについてはこれから数週間かけてしっかりとキャッチアップしていく。ただ、現段階で確実にいえることは「本当に面白いプロダクトだな」ということ。

自分もそうだったし世の中からの見え方もそうだと思うが、PagerDutyとは「障害があったら叩き起こしにくるやつ」という認識をされている。それは間違っていないし、プロダクトの中心はそういったIncident Responseの機能だ。

だが、今はそれだけではない。AIによって賢くフィルタリングしてくれる機能、自動で背景情報を提供してくれる機能、イベントに応じて処理を自動化する機能など、めっちゃ便利な機能がたくさんある。

www.pagerduty.co.jp

ポストモーテムを自動で作成してくれる機能まである。自分が現場でプラットフォームを運用しているときに、これがあったらどれだけ楽になったことか・・・

support.pagerduty.com

他にも活用できたら素晴らしい機能がたくさんあるようで、何はともあれまずは自分で触ってみて学習していかないとなと。自分に課されたミッションは、こういった機能を 自分の言葉で 発信していくこと。できるだけ早く役に立つ話ができるよう務めたいと思う。

HashiCorpを退職します

本日はHashiCorp Japanにおける最終勤務日。ということで今回はいわゆる退職エントリーというやつ。

HashiCorpでは何をやっていたのか

HashiCorp Japanに入社したのは2021年9月。なので、おおよそ2年と1ヶ月勤務したことになる。

HashiCorpではSenior Solutions Engineerという、いわゆるプリセールスエンジニアというロールで、TerraformやVaultといったHashiCorpプロダクトの商用版を技術的な観点でお客さんに提案するというポジションだった。

担当インダストリーが特に決まっていたわけではないが、ゲーム系やWeb系のお客さんを多く担当した。あと、個人的な興味から「カメラに関するお客さんは自分担当にして欲しい」とお願いして担当していたりもした。やっぱり興味のあるインダストリーだと身が入りやすかったりもするので。

プリセールスエンジニアというロール自体、実質初経験だったというものあって、なかなか大変なこともありつつも楽しく仕事できていたと思う。

前職のVMwareではプロフェッショナルサービスを担当していたため、少数のお客さんに対してガッツリ入り込むという仕事が多かったがプリセールスエンジニアはその逆。たくさんのお客さんに対して広く接するという形になるので、仕事のスタイルは大きく変わることになった。深い技術をしっかりと伝えると言うよりは、お客さんが必要としている技術や情報をテンポ良く提供していくことが求められるため、周囲の助けをうまく求めながらスピード感重視で仕事を回すのが重要だった。これはなかなか良い経験だったように思う。

また、コロナ禍でミーティングの殆どはオンラインであったため、それまで趣味半分で磨いてきたオンラインホワイトボーディングの技術プレゼンの技術などは大いに役立った。

人前でプレゼンすることに抵抗がないため、パブリックでの登壇系も多く引き受けていた。HashiCorpの思想やプロダクトは非常に尖っており、情報発信していくのはとても楽しかったし、ここに関しては会社から求められるものと自分のスキルセットがうまくかみ合っていたように思う。

なぜ退職するのか

仕事内容や自身のスキルと仕事のマッチングには特に大きな不満はなかったのだが、なぜ退職するのか。

一番大きな理由は、HashiCorpの方向性が変わってきたというところ。

ご存じの方も多いと思うが、先日プロダクトライセンスが変更になり、それに対してさまざまな議論が巻き起こっていた。表に見えるのはそのライセンスの話が中心だろうが、会社としての目指す先も変わってきたように感じている。

ソフトウェア、特にオープンソースをビジネスにしていくのは非常にチャレンジングだ。

自分の入社後、2021年の12月にHashiCorpはNASDAQに上場を果たした。ビジネスを大きくしていく上で上場というのは非常に重要である一方、世の中に対して大きな責任を負っていくということも意味する。市場が求める形に会社を変えていかなければいけないし、時にはそれが大きな議論を引き起こすこともあるだろう。

個人的にはビジネスを大きくしていく観点において、HashiCorpが行ったこの方針転換を支持している。簡単な決断ではなかっただろうし、世の中からの反応も予測できていたと思う。それを分かった上で行った決断は尊重したい。

一方で、そういった方針転換後の組織で自分がどういう点に貢献していけるか。自分が尊敬し憧れていたHashiCorpのフィロソフィーみたいなものが変化してきた中で、身を入れて貢献していけるかという点について考える必要性がでてきた。そして色々考えた結果出した結論が、今回の退職という選択肢だった。

このあたりについてはどういう書き方をしてもネガティブな感じに見えてしまうだろうけど、繰り返し強調したいのは会社の方向性に反対するから辞めるわけではないことだ。ライセンスが変わろうともHashiCorpプロダクトが最高なのは変わりないし、導入することによって得られるメリットも変わらない。辞めた後も1ユーザーとしてプロダクトを使い続けるだろうし、積極的に情報発信もしていきたいと思っている。

HashiCorpにはHashiCorp Ambassadorsというアンバサダー制度がある。年末には来年のアンバサダーの立候補ができるはずなので、興味のある人は応募してみて欲しい。

ちなみにHashiCorpプロダクトでいうとみんなTerraformばっかり取り上げるのだが、個人的に一番良いプロダクトはVaultだと思っている。みんなVault使おう。

booth.pm

次はなにをやるのか

次の所属先での勤務は明日から。次も、自分としては初めての挑戦となるロールであり世の中との接し方もこれまでとは違ったやり方が求められるようになる。

ここについては改めて別エントリーで書いていきたいと思う。

個人活動の一環として関与していたCloudNative DaysやPlatform Engineering Meetup、一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会との関わり方はこれまでと変わらないので、そちらのほうで絡んでいる方は今後ともよろしくお願いします。

それでも僕らがイベントのライブ配信を続ける理由

TwitterXを見ていたら、とある技術系イベントがライブ配信を取りやめ、現地開催とアーカイブ配信のみにするとのことで、大変盛り上がっていた。賛否両論あるようだが、どちらかというと否定的な意見の方が多かった。

これについて、同じく技術カンファレンスや大規模ミートアップをハイブリッド開催している身としては、どちらの意見も痛いほどよく分かるので、自分の考えを纏めてみようと思う。

ハイブリッドイベント(現地開催&ライブ配信)は死ぬほど大変

自分はCloudNative DaysとPlatform Engineering Meetupという2つのイベントを主催している。CloudNative Daysは申し込み数が4桁、多いときで6トラック平行で開催する日本最大のクラウドネイティブ技術のカンファレンス。Platform Engineering Meetupは今年から始めたイベントだが、初回から申し込み数が500人を超えるという、かなりの大規模勉強会だ。

そのどちらも、現地開催とライブ配信両方を行うハイブリッドイベントの形式を取っている。

cloudnativedays.jp www.cnia.io

正直言って、運営側は相当しんどい。かかる負担について、ライブ配信のみのオンラインイベントを1とすると、現地開催のオフラインイベントだと4ハイブリッドイベントだと8くらい労力がかかる。

オンラインイベントであれば、自室でもどこでもいいので環境が整った部屋を用意し、OBSなりStreamYardなりでオペレーションをすれば良い。スタッフ全員が自室に居ながらイベントを完遂することも可能だ。

それが現地開催になると、まず会場を抑えるところから始めなければいけない。規模が大きくなればなるほど、費用と労力がかかる。また、イベント当日も会場設営から受付の人員配置、誘導員の配置などたくさんの人を動かす必要がある。オンラインイベントに比べると数倍大変だ。

一方で、セッション自体はプロジェクターでスライドを映しつつ、会場の音響を使って参加者に声が届けばそれで済む。どのイベントでも共通してこの要件なので会場側にも知見があるし、依頼できるイベント会社もたくさんある。

ハイブリッドイベントが何故大変か

これがハイブリッドイベントだとどうなるか。オンラインの手間+現地開催の手間 の足し算で済むかと言えばそんなことはなく、感覚値で2倍くらい大変になる。

まず会場選びの難易度が上がる。物理的な広さだけでなく、回線の本数や品質が非常に重要になってくるし、どこにカメラや照明、オペレーション卓を設置するかも考えなければいけない。

登壇者のスライドだって、プロジェクターに出しつつキャプチャして配信しないといけない。プロジェクターをカメラで撮る形だと、とても読みづらいよね。

音響も、会場の設備を使って音声を流しつつ、それをクリアに配信にも載せないといけない。単に会場の音をマイクで拾えばいいってわけじゃないのだ。

先日CloudNative Days Fukuoka 2023というイベントを福岡で開催した。現地開催のみであれば会場の図面だけでほとんどの設計が可能なのだが、このようなライブ配信の要件があると、現地で直接確認しないとなにも分からない。なので、仕事の休みを取って現地に飛び、念入りにチェックする必要があった。もしこれで要件を満たさないことが分かったら、また別に下見をしないといけない。この時点で負担が大きいことが分かるだろう。

イベント当日も大変だ。これまで通り、現地で受付したり誘導したりする人員は必要だし、それに加えて音響や配信に関わるメンバーをトラックごとに配置する必要がある。CloudNative Days Fukuokaでは、配信周りもほとんど全てを実行委員会で設計し、運用した。

検証に検証を繰り返し、最新の機材も投入し、なるべく少人数で運用を回せるようにして、なんとかボランティアの実行委員内でやり遂げた。これを自力でやり遂げられるイベント運営は数少ないだろう。

そうでない場合は、外部の専門業者に依頼することになる。そうすれば運営側の負担を軽減しつつ配信を行えることになるが、当然それなりの人数と技術を要求する作業なので、費用はかなりかかってしまうことになる。様々な地域で開催する場合、都度地元の業者を探し当てて交渉しないといけない。

お金を払ってでも運用を任せるか、あるいは人手を割いて自分たちで頑張るか・・・いずれにせよ、超大変である

自分が思いつきで始めたPlatform Engineering Meetupのほうは、基本的に1トラックのみなのでCloudNative Daysに比べると負担は少なかった。

それでも、配信をスムーズに行えるようにするため、35万円するRolandのVR-6HD個人で購入することになったので、大変なのには変わりがなかった。

結果として、個人で運用出来る範囲を早々に超えてしまったため、Platform Engineering Meetupを運用するための法人を作ったほどである。

prtimes.jp

オンライン配信は盛り上がらない (と錯覚する)

運営側視点に立つと、やっぱりイベントは現地会場が一番盛り上がる。イベントに対する反応も来場者の顔を見れば分かるし、参加者同士が談笑したり、熱く語っていたりする姿を見るのは、やはり良いものだ。

参加者からは「いいイベントをありがとう、また来ます!」と声を掛けられたりもする。主催者冥利に尽きる瞬間だ。

一方で、オンライン配信は盛り上がらない。。。いや、これは正確ではない。『盛り上がっているかどうか、良く分からない』というのが正直なところ。チャットやTwitterハッシュタグで書いてくれる人はいるが、それは参加者のほんの一部。参加者全体がどういう反応をしているのかは、よく分からないのだ。

これは良い悪いではなくて、単純にオンラインの限界なのだ。CloudNative Daysでも、なんとかオンラインイベントを盛り上げられる仕組みを試行錯誤したが、難しかった。カメラ映像と音声をリアルタイムでやり取り出来るZoom会議ですらリアル会議に比べると意思疎通に課題があるわけで、一方通行なライブ配信でオンライン側の反応を正確に把握することなんて、到底無理な話である。

実際にはオンライン側もすごく盛り上がっているかもしれない。視聴者の反応もすこぶる良いかもしれない。でも、どうしてもそれが伝わらないのだ。主催者側の感情としては、リアルな反応を得られる現地開催と、反応がよく分からないオンラインを比べたら、どうしても現地開催側に重点を置きたくなってしまうのは理解できる。

でも実際のところ、参加者はライブ配信を求めている

ここからは参加者側からの視点の話。

主催者側は現地開催を重要視する方向になりがちだが、実際のところ多くの参加者はライブ配信を求めているという現実がある。

たとえばPlatform Engineering Meetupは、登録者のうち現地参加が10%、オンラインが90%程度である。これは現地参加人数を意図的に絞っているところも大きいが。

CloudNative Daysは、2022年の東京開催以降はハイブリッド形態を取っているが、どの回もおおよそ現地参加が20%、オンラインが80%だ。現地会場に余裕があってものこの程度なので、実際のところ8割の参加者はオンライン参加を希望している

オンラインで見たいのであれば、別にライブ配信じゃなくてもアーカイブ動画があればそれで良くない?と思うかもしれない。しかしこれも数字があり、アーカイブの視聴数は20%から30%程度であり、70%から80%はライブ配信の視聴数なのだ。アーカイブ視聴者数はロングテールで増えていくため、長い目でみれば徐々にアーカイブ視聴数の割合が増えていくだろうか、少なくとも短期的な視点では、多くの視聴者はオンラインのライブ配信を求めている と、数字からは判断ができる。

何故オンラインのライブ配信が好まれるのか

ここから先は数字による裏付けはなく、伝聞や推測の話になってくるのだが、さまざまな理由でライブ配信が希望されているようだ。

情報収集が主であり、コミュニケーションはそこまで必要ではない

イベントに参加慣れしている人からすると、「コミュニケーションこそが大事だよ、むしろ懇親会が本番」という人も居て、その考え方は間違っていないと思う。でも、必ずしも全員にそれが当てはまるかというとそうではない。知識を得るためにセッションを見ているんだという考え方も、当然正しい。

また、自分の主となる分野であればコミュニケーション取りたいが、専門以外の領域については情報を得られればそれでいいという人も多いだろう。コミュニケーションが必要かどうかは、時と場合によるのだ。

コミュニケーションを取りたい気持ちはあるが、まずはオンラインで雰囲気を見て現地参加するかどうかを決めたい

コミュニケーションが苦手というわけではないが、何も知らないコミュニティにいきなり飛び込むというのはなかなか勇気が必要だ。オンライン配信があれば、登壇者や司会者のノリでなんとなく雰囲気を掴むことができる。それをみて楽しそうだなと感じたら、次回以降は直接参加するというやり方を取れる。

他の地域に住んでいるので、距離の問題で参加できない

一番人口の多い東京で開催する場合でも、関東圏の人口は約4400万人であり、日本全体の半分以上は「物理的に遠い場所」での開催となってしまう。もちろんそれでも参加する人はするのだが、少数派だろう。ただ、異なる地域にいても配信があれば参加できるので、有り難い話だ

出来ることなら現地に行きたかったが、スケジュールや費用などの都合で断念

普段なら間違いなく現地に行く!という人でも、スケジュールの都合でどうしても参加できないというケースは多々ある。丸一日別の用事と被ってしまうというのであればスッパリ割り切ることもできるかもしれないが、会期中のたった1時間だけ、どうしても外せない大事なミーティングがあって泣く泣く断念・・・というケースの場合はなかなか割り切りづらい。TwitterXを見れば楽しそうな様子が伝わってくるが自分は体験することすらできない、アァ・・・。という。

ライブ配信があれば、100%ではなくてもいくらかは「イベントに参加している感」を得ることができる。

何故アーカイブ配信ではダメなのか

上記の理由に対して「アーカイブ配信があるから、それで良くない?」と思うかもしれない。確かに、1つめに挙げた「情報収集がしたいだけ」というニーズに対してはそれで応えられるかもしれない。

でも多くの場合、ライブ配信の需要はアーカイブ配信では救えないのである。

「イベントに参加する」という感覚は、他人と何かを共有することから生まれる。例えば現地参加であれば、時間と場所を共有できるので強い参加体験が生まれるのだ。ライブ配信の場合、場所の共有は曖昧になるが時間の共有は可能になる。100%ではなくても、イベントに参加した感は得られるのだ。

アーカイブ配信のみとなった時点で、そのコンテンツはudemyの動画を視聴するのと同義になってしまい、イベントに参加した感は綺麗さっぱり無くなってしまう。本当はイベントに参加したかったのに諸事情で断念せざるを得なかった人に対して「アーカイブ配信あるからいいでしょ」と伝えてしまうと、逆に強い疎外感を与えてしまう可能性すらある。

それでも僕らがイベントのライブ配信を続ける理由

ここまで書いてきた、主催者側と参加者側の考えのミスマッチが議論を呼んでいる理由ではないかと考えている。

冒頭にも書いたように、ハイブリッド配信は死ぬほど大変だし高コストだ。であれば現地に絞ってクオリティの高いイベントをやりたいという主催者の意向は尊重されるべきだし、その決断に対して非難の言葉を投げかけるのは止めた方が良い。

一方で、参加者としてライブ配信が無くなることに対して残念な気持ちになるというのは正しい反応だし、イベントとしての評判が下がってしまうことは避けられない。なんせ8割の需要を切り捨ててしまったわけで、そのデメリットを主催者は覚悟しなければいけない。

じゃあ自分がやっているイベントについてはどうするか。これに関しては、少なくとも自分が関わっている限りは、ハイブリッド配信を貫こうと考えている。

技術を普及させたいという想い

CloudNative Daysにしても、Platform Engineering Meetupにしても、どちらも比較的新しい、まだ十分に普及したとは言い難い技術やカテゴリを扱うイベントだ。これらを普及させるには、とにかく存在を知ってもらい、触ってもらい、メリットを理解してもらうことが重要だ。

特にそういった情報やイベントに触れる機会が少ない地方に対してイベントを届けていくことが大事だと考えていて、ライブ配信は絶対に無くしたくないというのが自分の考えだ。

関東圏以外でもイベントを開催することも重要だと考えていて、先ほど紹介したCloudNative Days Fukuokaもそうだし、Platform Engineering Meetupも名古屋と福岡で開催した。これまた難しい話なのだが、地方でイベントを開催すると「その地方のみを対象としたイベント」と捉えられがちだ。そうではなくて、地方で開催することによって直接参加できる機会を広げつつも、コンテンツの内容は全国向けでありたいなと思っている。そうなると、今度は人口の多い関東圏に向けてライブで配信するという観点が重要になってくる。

いずれにせよ、自分がやりたいイベントをやっていくには、ハイブリッド配信がキーというわけだ。

ハイブリッド時代に向けて培ってきたノウハウ

2020年、2021年はそもそも現地参加のイベントが開催できなかったのでオンライン配信のみにせざるを得なかった。しかしこの頃から「仮にコロナが明けたとしてもオンラインでイベント参加するという習慣は残り続けるだろうな」と考えており、配信技術やノウハウの蓄積を積極的にやってきた。

CloudNative Days実行委員会の配信担当メンバーを中心に組織しているイベント配信チーム EMTEC は、この界隈では屈指のノウハウを持っていると自負していて、地方開催であっても迅速にハイブリッド配信を行える体制を整えている。

数年掛けてこの体制を作ってきたので、ハイブリッド配信に強気でいられるというのも大きい。

ちなみに最近立ち上げた 一般社団法人クラウドネイティブイノベーターズ協会 では、コミュニティイベントの配信を支援するというのも活動内容の一つとして掲げている。いろいろな形でEMTECチームが支援できると思うので、もしハイブリッドイベントをやりたいというイベント主催者がいたら相談して欲しい。

まとめ

  • ハイブリッドイベントは主催者にとって超絶負担が大きい
  • ライブ配信やめる決断も尊重すべき
  • とはいえ、今やライブ配信はマジョリティ
  • 自分としてはライブ配信に積極的に取り組み、そのノウハウを広げていきたい

というのが今回言いたかったこと。ではでは