ニュアンスを正確に伝える翻訳って難しい。
プラットフォームやフレームワークの文脈でよく使われる単語に Opinionated がある。
例えばCloud Foundryというアプリケーションプラットフォームの特徴としてもこの単語が使われている。
The Cloud Foundry cloud-native platform has three defining characteristics: it is structured, opinionated, and open.
- Cloud Foundry: The Definitive Guide https://www.oreilly.com/library/view/cloud-foundry-the/9781491932421/ch01.html
Opinionatedとはどういう意味か。辞書を引いて意味を調べると、こんな感じだ。
opinionated
形
自説を曲げない、意固地な
・Someone known to be passive may become opinionated. : 従順だった人が意固地になることがある。
https://eow.alc.co.jp/search?q=opinionated
え、なんかめっちゃネガティブ・・・
日本語の記事でも翻訳には苦慮しているようで、なんとか表現を工夫して伝えようとしていることが分かる。
これが同社にとっての「opinionatedな」(自社の考えや提供価値を体現した)アプローチだ。
- CNCFのCOOに聞いた、CNCFとOCI、Docker、Kubernetes、Cloud Foundryとの関係 https://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1612/22/news032.html
このようにCloud Foundryは、デベロッパーに対して無駄なことをさせずに、アプリケーションを書くことに集中させるため、時に「Opinionated(独善的)」という形容詞が付けられるほどだ。
- ONSのトリはVinton Cerf氏登場 そしてCloud FoundryとKubernetesはどうなる? https://thinkit.co.jp/article/13794
このように、そのまま日本語に訳すのではなく、Opinionatedという英単語を直接記した後、日本語の補足を加えるというケースが多く見られる。
ポジティブな意味でのOpinionated
しかしプロダクトの特徴に使われるくらいなのだから、当然ポジティブな意味で使っている。
Cloud Foundryは、アプリケーションを開発してcf pushというコマンドを一発叩くだけで、コンテナイメージへの生成からインターネット上への公開まで全ての作業を自動で行ってくれるプラットフォームだ。
超絶便利な一方で、世の中全てのWebアプリケーションを動かせるというわけではない。Cloud Foundryの恩恵を受けながら動かしていくには、12 Factor Appなどいくつかの制約に従う必要がある。
利用者に制約を課す代わりに高い生産性を提供する=Opinionated というわけだ。
Constraints are liberating - 制約は自由をもたらす
OpinionatedなWebフレームワークとしてよく取り上げられるのが、Ruby on Railsだ。フレームワークという存在自体が既にOpinionatedだとも言えるが、Railsはその中でも特にその傾向が強い、そしてそのメリットを強烈に印象づけた先駆けといえる。
設定より規約(Convention over configuration) の考え方に則り、あれこれ設定させるのではなくフレームワークの規約に従って開発をさせることで、重要なことに注力できるようになる。規約から外れたことは出来ないため柔軟性は少し落ちるかもしれないが、それを遥かに上回る生産性というメリットがついてくる。
Railsを表現する言葉として 制約は自由をもたらす(Constraints are liberating) というものがあるが、一見矛盾したこの2つの考え方を両立させるのが、規約を重要視したWebフレームワークであり、Opinionatedな仕組みなのである。
で、どうやって訳すのか
ここまで読んだ諸兄には、Opinionatedのポジティブな文脈での利用法が伝わったと思うが、じゃあこれをどう訳せば日本語としてスッキリするだろうか。
自分は仕事でCloud Foundryに関わることが多いのだが、口で説明するとこんな感じになってしまう。
「Cloud Foundryの特徴はOpinionatedなところにあり・・・えー、Opinionatedという言葉は日本語にすると『独善的』とも訳されることがあるんですが、そういうネガティブな話では無くもっとポジティブな感じで、制約を課すことでむしろ生産性を上げていくという意味でして・・・」
結局先に上げた記事のように、Opinionatedという英単語をそのまま使いつつ日本語で補足するという形になってしまう。
『こだわり』の翻訳
そう悩むこと数年。ついに出会った、個人的にスッキリくる訳がこれである。
『こだわり』
だいぶ前に読んだ何かの記事で使われていた訳だ。出典はちょっと失念してしまったのだが、『○○は、こだわりの強いプラットフォームであり・・・』といった形の表現をされていてた。
なるほど、これはいいかもしれない。
辞書で引いてみるとこういう説明がなされている。
拘わる
読み方:こだわる・かかわる
別表記:拘る拘わるとは、比較的どうでもいい事を気にしすぎて、いつまでも気にかけたり必要以上に手を加えたりしたがることを意味する表現。「かかずらう(拘う)」ともいう。
おおう、ネガティブ。
そう、『拘る』という言葉は本来ネガティブな意味で使われる言葉だ。しかしご存じのように、『シェフのこだわりランチ』のような形でポジティブな用法もある。これは比較的最近生まれた用法らしい。
ネガティブな用法で使うときは『拘り』と漢字にし、ポジティブな用法で使うときはひらがなにすることが多い。
この二面性がある感じ、Opinionatedと一緒ではないか。
「Cloud Foundryって結構こだわりが強いプラットフォームなんです。Kubernetesほどなんでもアリなプラットフォームではないんですが、12 Factor Appsに従ってアプリを作ることで、cf pushだけでアプリをデプロイできて。」
うん、だいぶスッキリしたな。